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小沢さとるの世界 Satoru Ozawa's World

多忙を極める小沢先生のもとには多くのアシスタントが集い
その中には久松文雄先生のお姿もあった。
再会したお二人は当時のお話に華を咲かせていらっしゃいました。

多忙を極めた日々

かつて小沢先生のもとでアシスタントをしていた 久松文雄先生も編集部に遊びに来てくださいました。

―― 久松先生が小沢先生のところでアシスタントをされたのはいつ頃でしょうか?


久松先生(以下 久松)
「20歳だったかな。僕は『流れ星ビリー』(1962年)を描いた頃ですね。」

小沢先生(以下 小沢)
「最初に来てもらったのは『風は七いろ』(1963年) かなぁ。少女マンガの。そこから『ロボダッチ』の キャラクターを考えるのに協力してもらったから 長い付き合いになるなぁ」

―― 小沢先生のところにはアシスタントは何人いらっしゃったんですか。

久松「6人ぐらい、ですね?」

小沢「忙しい時は横山(光輝)先生のアシスタントが助けに来てくれましたよ。」

―― 大人数ですね。久松先生は当時すでにデビューされていましたが、 ご自分の作品もあるのに大変だったでしょう。

久松「うーん。この頃は小沢先生のところで描いた作品の方が 自分の作品より多かったと思います。」

小沢「彼はねぇ、手塚先生以上に手塚的な絵を描くんですよ。 デフォルメをさせたら天下一品なんです。僕の下絵を 久松くんがペン入れ、デフォルメしてくれる。」

久松「当時、近所の子供がペン入れをしたことがありましたよね。」

▲久松先生は小沢先生の緻密なタッチの下絵原稿を見て、 「これ、このまま本にできますね。」とコメント。

―― そんなことがあったんですか?

久松「先生の仕事場に、近所の少年が遊びに来たことが あるんですよ。そしてひろげてあった下絵にペン入れ してしまったという。」

小沢「あったなぁ。なにしろ僕は完成原稿より下絵を描くほうが 好きだったから。原稿を完成させるのは久松くんたちだしね。」

―― 原稿を完成させるって、久松先生は責任重大ですね。

久松「そうですね。ついでいうと、原稿を完成させる作業のほうが 面白いと大抵の漫画家は言うんです。そのあたりも先生は変わっています。」

小沢「下絵のほうが好きだからこそ、 今回の『707F』特典みたいな物もできるわけでね。」

―― ありがとうございます。小沢先生のファンにとってその下絵の原稿はまさしくお宝でしょう。


知り合って50年ほどになるお二人は、 「まるで昨日のことのよう」と昔話に花を咲かせました。

いまだ現役の小沢先生、今後の新作が楽しみです。