その半年後、講談社の月刊漫画誌「ぼくら」において、唯一、オフィシャルな形のマンガ版「狼少年ケン」がスタートした。キャラクターの設定やアニメの世界観は活かしつつ、ストーリーはマンガ版のオリジナル性を優先した。作者は当時主流の手塚タッチを踏襲しながら、どこか温かみのある画風が特徴の伊東章夫。当時27才の若手マンガ家らしい、一本一本の線の勢いに注目してほしい。
ちなみに「狼少年ケン」といえば、アニメを提供していた森永製菓のまんがココアやまんがジュースを思い出す人も多いはず。それらの中には、「狼少年ケン」のキャラクターを使ったシールが入っていた。日本中の小学生がそのシールを集めて交換したり、学校の机に貼ったりしたため、一種の社会問題として取りあげる新聞もあったほどだ。
今まで一度も単行本になっていないマンガ版『狼少年ケン』は、アニメをよく見ていた人も、まったく知らない人も一度は読んで欲しい作品である。当然、BGMは小林亜星氏の作曲したオープニング曲以外にない。
その輝かしき1963年末にスタートしたのが、東映動画の制作した「狼少年ケン」(NET系放映)である。1958年から「白蛇伝」「少年猿飛佐助」「西遊記」「アラビアンナイト シンドバッドの冒険」「わんわん忠臣蔵」――など、劇場公開用の傑作アニメを世に送り出してきた東映動画にとって、「狼少年ケン」はまさしくテレビ進出第1号の特別な作品なのだ。
実は「狼少年ケン」の演出スタッフの中には、今をときめく「スタジオジブリ」の高畑勲氏がいるし、6歳下の宮崎駿氏も動画担当として参加していた。同作品は両氏にとって若き日の思い出であり、アニメ制作のルーツといってもいい。ジブリファンを自認するなら見逃してはいけない作品である。(高畑監督のメッセージ)
もう一つ、その頃のテレビアニメの特徴を挙げるなら、菓子メーカーや食品メーカーの提供によって放映され、タイアップ商品のおまけシールが子共たちの人気を呼んだ。「鉄腕アトム」は明治製菓、「鉄人28号」はグリコ、「エイトマン」は丸美屋、そして「狼少年ケン」は森永製菓の提供だった。
森永製菓の「まんがココア」に入っていた「狼少年ケン」のシールは、あまりの収集加熱ぶりに社会問題化し、学校に持ってくることが禁止されたほどである。最近でいえば、ドラクエ現象や遊戯王カードに近いかも知れない。
アニメ放映時に子供時代を過ごした40代以上の人なら、ココアやキャラメルのおまけを集めた経験はあるはずだし、小林亜星作曲のオープニングテーマを知らない人はいないはず。「狼少年ケン」は時代を映す鏡であると同時に、その世代にとっては一種の共通言語といってもいい。
人気作家・村上龍の小説「69(シックスティナイン)」の冒頭に、主人公のケンが自分の呼び名について説明するシーンがある。そのケンの意味は「雷門ケン坊」でも「ケンとメリー」でもなく、漫画の「狼少年ケン」に由来しているという。今年52歳の村上龍もまた「狼少年ケン」の世代である。2004年の夏に公開された映画「69」のサウンドトラック盤にも、「狼少年ケン」のオリジナルテーマはしっかり入っているのだ。
以上、ここまで「狼少年ケン」のルーツである東映動画のアニメについて説明してきた。1964年6月、そのアニメ放映中に講談社の月刊誌「ぼくら」で連載が始まったのが、今回初めて単行本になる漫画版「狼少年ケン」(伊東章夫作)である。実は「狼少年ケン」には別作家による描き下ろし版もあるが、表紙に「東映動画制作」「森永製菓提供」と記してあるオフィシャルのコミカライズは、「ぼくら」に連載した本作品だけである。
ストーリーは北インドのヒマラヤ奥地を舞台に、狼の群れの中で育った野生児ケンが、腰の短剣一つを武器にジャングルの平和を守るという物語。双子の子供の狼チッチとポッポ、頼もしき兄貴分のジャック、経験豊富なボスなど、魅力的なキャラクターが数多く登場する。後に学習漫画の大御所として活躍する伊東章夫氏の切れ味鋭い描写も見物である。
※TCJ=現・エイケン NET=現・テレビ朝日 東映動画=現・東映アニメ
※1964年6月号から65年9月号まで『ぼくら』(講談社)連載。
アニメーション映画監督 高畑勲(スタジオジブリ)
ISBN4-7759-1005-1
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